定着率と働きがい・働きやすさの相関性
社会保険労務士 江尻育弘
沖縄県はサービス業の比率が高く、これらの産業は非正規雇用の割合が高い傾向にあります。また、県内企業の多くは中小零細企業であり、労働条件等は必ずしも高くありません。こういった環境の中で定着率、働きやすい職場を目指すということはもとより、働きがいのある職場、成長できる職場であることが必要であり、言い換えれば、常に従業員を成長させる企業、人材育成企業であることが重要な要件となります。
人が育つと離職率が下がります。それは、働きがいや成長実感とその相関が高いからです。また、優秀な人材の採用がしやすくなります。
- 従業者が「働きやすさ」と同時に「働きがい」を感じている事業所は全体の約2割(人材育成企業 33社 20.8%)
- 従業者が「働きやすさ」を感じているものの「働きがい」を感じていない事業所は約3割(人材滞留企業 53社 33.3%)
- 従業者が「働きがい」も感じておらず、「働きやすさ」も感じていない事業所は4割以上(人材流出企業 70社 44.0%)
- 全体の約7割以上の事業所で従業者が「働きがい」をあまり感じていない(人材流出企業と人材滞留企業 計123社 77.3%)
平成23年度県内企業における雇用環境実態調査報告書(以下、同報告書) 沖縄県商工労働部雇用政策課
上記の図は平成23年に沖縄県が実施した県内企業(対象159社)における雇用環境実態調査報告書からの抜粋です。おそらく10年に一度の間隔で実施されるのだと思います。この報告書の優れたところは、雇用を働きがいと働きやすさに分けて分析した点です。働きがいは、社員の成長実感や成長予感、コミュニケーションとの相関が高く、働きやすさは、働く環境と高い相関があります。給与や労働時間などの労働法的な整備も働きやすさに分類されます。
1.人材育成企業(全体の20.8%)
右上の象限にプロットされる企業は、単に働きやすいだけでなく、社員が働きがいを感じている、いわゆる社員が自分自身のさらなる成長を感じている企業です。これらの企業は、他と比較して人材を育成し、他の人にも薦められる、かつ、働きやすい職場環境が整っている企業です。
2.人材滞留企業(全体の33.3%)
右下の象限にプロットされる企業は、単に働きやすいだけで、社員が働きがいをあまり感じていない、自身の成長と関係なく働きやすい、あるいは他に選択肢がないというだけで現状にとどまっている企業と考えられます。
これらの企業は、他と比較して人材を育成し続ける要素が低いが、働きやすい職場環境は整っている会社といえます。今はとりあえず良いが、環境変化があったときに、働く人にとってはリスクの高い職場といえます。
3.人材輩出企業(全体の1.9%)
左上の象限にプロットされる企業は、働きがいは感じているが、現在の会社に長く留まることを考えていない社員が多く存在する企業です。しかし、友人や知人にも自身の職場を勧められるということからも、職場に対する不満ではなく、自身の成長により外へでることを思考していると考えられます。
これらの企業は、他と比較して人材を育成し続ける要素が高く、人材を輩出している会社といえます。独立のためのステップなど、業種業態によっては十分あり得る企業モデルと考えられます。
4.人材流出企業(全体の44.0%)
左下の象限にプロットされる企業は、社員が働きがいをあまり感じない上に、現在の会社に長く留まることを考えていない社員が多く存在する企業です。つまり、職場環境も整っておらず、社員も成長や働きがいを感じないことから、可能であれば転職したいと考えている社員が多い、人材を流出させる企業です。社員が自身の成長を予感できないという事からも、単に雇用して仕事をやらせるだけの人材使い捨て企業とも言えそうです。
これらの企業は、他と比較して人材を育成し続ける要素が低く、なおかつ、働きやすい職場環境が整っていない人材を流出させる会社といえます。このような企業が企業が人材育成企業に変貌していくことこそが、沖縄県の若者の将来、ひいては雇用情勢の改善のために必須となるでしょう。
事業所調査結果・従業者調査結果の比較
同報告書では事業所側と従業者側での調査結果について、以下のように着目しています。
比較結果のポイント
- 職場全体の雰囲気については、横の関係(社員同士)にはギャップが小さいものの、経営者・管理者と社員といった上下関係については比較的大きなギャップが見られた。
- チャンスを与えられている」、「人間性が尊重されている」など受け止め方次第で評価が左右される項目で特に認識に大きなずれが生じており、社員側は、経営者・管理者が予想もしていないような受け止め方をしていると考えられる。経営者・管理者の無意識的な行動が影響を与えている可能性が伺える。
以下は同報告書より引用です。
職場への意識(社員の会社に対する評価)
Q16. 現在勤めている会社に長く勤めたい
最も相関性が高い項目は、Q23「現在の会社で今後もさらに自分が成長すると思う」【成長予感】であった。また、Q36「仮に、自社で求人があった場合、友人や知人に薦めることができる」【職場への意識】とも比較的高い正の相関がみられた。
その他、相関係数が4を超える項目は、
Q12「ひとりひとりの社員の人間性が尊重される雰囲気がある」【社内の雰囲気】
Q19「社員としての成長や次のステップについて、経営者や管理者が具体的に考えてくれている」【人材育成】
Q25「経営者や管理者は、仕事の結果だけでなく、あなたの仕事に対する姿勢や取り組みなどを的確に評価している」【社員に対する評価】
Q11「経営者や管理者は、社員の意見に対し、明確に回答するなど、積極的に対応してくれる」【コミュニケーション】
Q4「経営者や管理者は社員に対して、必要な時はアドバイスをしたり、相談にのっている」【コミュニケーション】
Q27「経営者のや管理者は、あなたが失敗したときに励ましてくれる」【社員に対する評価】
Q31「やる気のある社員には、チャンスが多く与えられている」【機械の提供】
Q22「目標となる上司や先輩がいる」【成長予感】
であった。
一方で、Q14「現在の会社を辞めて転職したいと考えたことがある」【職場への意識】との負の相関も比較的高くなっている。
人材育成企業推進指標の比較
人材育成企業推進指標のうち、事業所調査結果と従業者調査結果の比較が可能な12の項目について比較を行なった。結果は下記の通りである。
@経営者・管理者の社員とのコミュニケーションに関する態度
経営者・管理者の社員とのコミュニケーションに関する態度について、0.4点以上の差が見られたのは、「経営者や管理者は社員に対して必要なアドバイスをしたり、相談にのっている」「経営者や管理者は、社員の意見に対し、明解に回答するなど、積極的に対応してくれる」であった。
経営者・管理者は、社員に対して積極的に働きかけているつもりでも、そのギャップは比較的大きく、社員は経営者・管理者が考えているほどには実感していない。
A社内の雰囲気づくり・場づくり
社内の雰囲気作り・場作りについて、0.4点以上の差が見られたのは、「ひとりひとりの社員の人間性が尊重される雰囲気がある」「年齢・役職に関係なく、仕事に対する発言ができる雰囲気がある」であった。
社員同士の関係性にはギャップが見られないものの、上下の関係になると、大きなギャップが見られる。特に人間性の尊重についてはギャップが大きい。
B仕事の与え方・任せ方
仕事の与え方・任せ方について、0.4点以上の差が見られたのは、「社員の役割や仕事の配分、人員の配置が適切に行われている」「やる気のある社員には、チャンスが多く与えられている」「社員が失敗しても再びチャンスを与えられている」であった。
特に「社員の役割や仕事の配分、人員の配置が適切に行われている」「やる気のある社員には、チャンスが多く与えられている」の両項目については、0.6点以上の差があり、比較的ギャップが大きい。
C評価・フィードバック
評価・フィードバックに関する項目である「経営者や管理者は、仕事の結果だけでなく、あなたの仕事に対する姿勢や取り組みなどを的確に評価している」については、0.4点以上の差がみられ、社員は経営者・管理者が考えてるほどには実感していない。
D個人としての、次のステップの可視化
個人としての、次のステップの可視化に関する項目である「社員としての成長や次のステップについて、経営者や管理者が具体的に考えてくれている」については、0.4点以上の差がみられ、社員は経営者・管理者が考えているほどには実感していない。
その他の項目の比較
@経営者との意思の疎通
経営者との意思の疎通に関する項目のうち、0.4点以上の差がみられたのは、「自社の理念やビジョン」が社員に伝わっているかどうかであった。
会社の実情に関する情報を与えているかについては、ギャップはみられなかった。
Aコミュニケーション
コミュニケーションに関する項目では0.4点以上の差はみられなかった。
経営者・管理者と社員ひとりひとりの面談の機会については、ギャップはみられなかったが点数は、比較的低い水準となっている。
B人材育成
人材育成に関する項目のうち、「会社の費用で行われるセミナー」については、0.6点以上の差がみられた。経営者・管理者は、研修やセミナーを会社の費用負担で十分に開催しているが、実際には社員はそれほど多く参加していないことがうかがえる。
C労働環境
労働環境に関する項目については、「社員が定休の休みを取れているか」以外で、0.5点以上の差がみられた。特に、「県内の同業他者と比較した場合、あなたの会社の定着率はどの程度だと思いますか」、「会社の利益が出たときは、賞与等で給与に反映させるなど、社員に還元しているか」については、0.6点以上の差がみられた。
これらは、一般的にギャップが生じやすい項目であると考えられるが、経営者・管理者と社員の間での認識のずれは比較的大きいことがうかがえる。
(引用ここまで。)