本資料の読み方
本資料は、こども家庭庁の公表資料(施行ガイドライン、Q&A、通知等)と保育現場から寄せられた質問をもとに、制度の要点を対話の形で読み解いたものです。制度の内容は令和8年9月末時点の公表情報によります。一方、対話のなかで述べる労務対応の進め方や見立ては、社会保険労務士としての解釈にとどまり、個別事案の結論を示すものではありません。両者を分けてお読みください。
いとま特例の運用、同意拒否時の取り扱い、情報管理の具体的な方法、現職者の申請時期などは、今後の通知等で詳細が示されることがあります。実際の運用にあたっては、こども家庭庁の最新の資料と所轄庁からの案内を必ずご確認ください。
第 1 回保育園・こども園は「やるかどうか選べない」側
令和8年(2026年)12月25日、「こども性暴力防止法」、いわゆる日本版DBSが施行されます。第1回では、認可保育所と認定こども園がこの法律のなかでどこに位置づけられ、何を求められているのかを、江尾社労士とスタッフさくらの対話で確かめます。
九月の終わりの中城村である。日中はまだ夏の名残の陽ざしが強いが、夕方になると、中城湾から吹く風にほんの少しだけ乾いた気配がまじる。ミーニシ(新北風)の便りが届くのも、もうすぐだ。
江尾社労士事務所の受信箱には、この一週間、同じ件名のメールが続けて届いた。送り主は、顧問先の保育園やこども園の園長先生たちである。用件は、ほとんど同じだった。「DBSって、結局うちは何をすればいいの」。
◇ ◇ ◇
さくら
先生、今週だけで三つの園から「DBSって結局うちは何をすればいいの?」とメールが届きました。施行まで3か月を切っていますし、皆さんかなり焦っておられます。
江尾
無理もありません。理念には賛成でも、人手不足のなかで採用が止まったらどうするか、パートや派遣が混ざっている職員の誰が対象なのか、前科がわかったら雇用はどうなるのか。心配の種が一度に押し寄せている状態ですから。今日は順番に整理していきましょう。
義務対象か、認定対象か ── 最初の分かれ目
さくら
そもそもの確認ですが、日本版DBSは塾や習い事の教室が国の認定を受ける仕組み、というイメージをお持ちの園長先生もいらっしゃいます。
江尾
そこが、まず大事な分かれ目です。この法律には二つの枠があります。学習塾やスポーツクラブのように、手を挙げて国の認定を受ける「認定対象事業者」と、法律で最初から義務を負う「学校設置者等」。認可保育所と、幼保連携型を含むすべての類型の認定こども園は、学校や児童福祉施設と並んで後者、つまり義務対象なのです。
江尾
そうです。義務の中身は大きく三つ。対象となる職員の性犯罪歴を国に照会する「犯罪事実確認」、日常の「安全確保措置」、そしてその情報を守る「情報管理措置」です。どれか一つだけやればよいものではなく、三つがセットで求められます。
現場の悩みは、理念ではなく運用にある
さくら
こども家庭庁の説明会にも、保育所やこども園からの質問が集中しているそうですね。
江尾
はい。現場の悩みは、理念への賛否ではなく、運用の現実なのです。欠員補充の遅れ、正規・非正規・外部委託が入り混じった人員構成、労働契約法とのぶつかり合い、それに要配慮個人情報を扱う負担。この四つを頭に置いておくと、この先の話がすっと入ってくると思います。
さくら
採用、人員構成、労働法、個人情報。どれも、私たちの事務所が日ごろお手伝いしている領域ですね。
江尾
そのとおり。だからこそ、社労士が「法律の解説役」にとどまらず、園と一緒に運用を組み立てる役回りを担えるのです。
実務メモ 義務対象事業者に求められる三つの措置
一つ、犯罪事実確認。対象となる職員について、特定性犯罪の前科の有無を、こども家庭庁を通じて確認します。二つ、安全確保措置。研修、相談体制、早期把握のための面談、死角を減らす環境整備などにより、性暴力を未然に防ぎ、早期に把握する体制をつくります。三つ、情報管理措置。確認で得た情報を適正に管理し、目的外利用と第三者提供を禁じ、不要になれば廃棄・消去します。三つは一体であり、照会だけで制度対応が終わるわけではありません。
第1回のまとめ
第一に、認可保育所とすべての類型の認定こども園は、学習塾等のような任意の認定対象ではなく、法律上当然に義務を負う「学校設置者等」に当たります。
第二に、求められるのは犯罪事実確認、安全確保措置、情報管理措置の三つであり、これらは一体として講じる必要があります。
第三に、現場の課題は、採用の停滞、複雑な人員構成、労働契約法との調整、要配慮個人情報の管理という運用面に集中しています。
第 2 回誰が照会の対象か ── 肩書ではなく「業務の実態」で決まる
保育現場から最も多く寄せられるのが、「どの職員まで照会するのか」という問いです。第2回では、支配性・継続性・閉鎖性という三つの要件と、調理員、送迎バスの運転手、派遣保育士、外部講師、実習生、ボランティアの扱いを整理します。
翌朝、さくらは顧問先の園の職員名簿を机に広げていた。保育士、保育補助、看護師、栄養士、調理員、事務員、送迎バスの運転手。名簿の末尾には、派遣会社から来ている保育士の名前と、毎週火曜日に来る体操教室の講師の名前もある。
さくらは、蛍光ペンを持ったまま、しばらく手を止めていた。どこに線を引けばよいのか、名簿は何も教えてくれない。
◇ ◇ ◇
三つの要件 ── 支配性・継続性・閉鎖性
さくら
いちばん多い質問がこれです。「調理さんや事務さん、バスの運転手さんも照会するの?」
江尾
判断の物差しは肩書ではなく、実際の業務です。「支配性」「継続性」「閉鎖性」の三つを全部満たすかどうかで決まります。支配性は、指導や養護を通じてこどもに強い影響を及ぼせる立場にあること。継続性は、一回きりではなく同じこどもと繰り返し接すること。閉鎖性は、他の大人の目が届きにくい場面が生じることです。
さくら
保育士さんや幼稚園教諭は、当然、三つとも満たしますよね。
江尾
はい。常勤でも非常勤でも、勤務時間の長短に関係なく全員が対象です。迷うのは周辺の職種です。たとえば厨房から出ることがなく、園児と接する機会が遮断されている調理員なら、対象外と整理できます。けれども、配膳補助や食育活動で園児と二人きりになる場面が日常的にある、保育補助を兼ねている、となれば照会が必要になります。バスの運転手さんも、添乗員なしで園児と車内に残る場面があるかどうかがポイントです。
さくら
つまり「職種表」で一律に決めるのではなく、園長先生が一人ひとりの働き方を見て判断するのですね。
江尾
そのとおり。だから、判断の理由を記録に残しておくことをお勧めしています。あとで所轄庁に尋ねられたとき、「なぜこの人は対象外なのか」を説明できるように。
派遣・外部講師・実習生・ボランティア
さくら
派遣の保育士さんはどうなりますか。派遣元の会社が照会するのでしょうか。
江尾
確認の義務を負うのは、受け入れる園の側です。ですから、派遣元との契約に、手続への協力や必要書類の提出を約束する条項を入れておく必要があります。ここは早めに派遣会社と話しておきたいところです。
江尾
園の保育士が常に同席して見守っているなら、閉鎖性を欠くので対象外と整理できます。講師が一人でクラスを受け持つなら対象になります。つまり、園の運営の仕方しだいで、照会の手間も変わってくるわけです。
さくら
実習生の受入れも、園の負担になると心配されていました。
江尾
実習計画のなかで「園児と原則1対1にしない」「指導担当の職員の監督下で接する」ことがはっきり位置づけられていれば、支配性と閉鎖性を欠くので対象外と整理できる、という通知が出ています。ボランティアや保護者役員も同じ考え方で、行事の日だけのお手伝いなら継続性がないので対象外。ただ、毎週読み聞かせに来るような定期的な関わりで、密室になる場面があれば、対象になり得ます。
表1 職種・従事形態ごとの照会要否の考え方
出典:こども家庭庁の施行ガイドライン、Q&A及び実習生の取り扱いに関する通知(令和8年4月)をもとに整理。個別の該当性は業務の実態により判断します。
| 職種・従事形態 |
照会の要否 |
判断のポイント |
| 保育士・幼稚園教諭(常勤・非常勤) |
一律に対象 |
雇用形態や勤務時間を問わず全員 |
| 調理員・事務職員・送迎バス運転手 |
実態で個別判断 |
園児と1対1や死角での接触が日常的にあるか |
| 派遣保育士 |
受入園に義務 |
派遣契約に手続協力の条項を入れる |
| 保育実習生・教育実習生 |
条件を満たせば対象外 |
1対1の排除と指導職員の常時監督が実習計画で担保されているか |
| 外部委託講師(音楽・体操等) |
指導環境で判断 |
園職員の常時同席なら対象外、単独指導なら対象 |
| 定期ボランティア |
頻度と密室性で判断 |
単発行事は対象外、定期的かつ閉鎖的なら対象 |
※ スマートフォンでは表を横にスクロールしてご覧いただけます。
江尾
よくまとまっています。顧問先には、まずこの表を使って、自園の職員を一人ずつ当てはめていただくところから始めましょう。名簿に載っていない派遣や委託、実習生まで洗い出すことが大切です。
実務メモ 対象者の洗い出しで確認する四点
一つ、自園の職員名簿だけでなく、派遣労働者、業務委託の講師、実習生、定期的なボランティアまで、施設に出入りする人を一覧にしているか。二つ、周辺職種について、園児と1対1になる場面や死角での接触があるかを、業務の実態から確認したか。三つ、対象外と判断した人について、その理由を記録に残しているか。四つ、派遣契約や業務委託契約に、手続への協力と必要書類の提出を定める条項があるか。
第2回のまとめ
第一に、照会の対象は職名ではなく、支配性・継続性・閉鎖性の三要件を満たす業務に就いているかどうかで決まります。保育士・幼稚園教諭は雇用形態を問わず一律に対象です。
第二に、調理員、事務職員、送迎バスの運転手などは、園児との接し方の実態に応じて個別に判断します。判断の理由は記録に残しておくことが望まれます。
第三に、派遣保育士は受入園に確認義務があり、外部講師・実習生・ボランティアは、同席や監督の有無、関わりの頻度によって扱いが変わります。
第 3 回いつ照会するのか ── 新規採用と現職者で違う時間軸
第3回は時間の問題です。新規採用者は入職前の確認が原則ですが、急な欠員には「いとま特例」が用意されています。施行時点の現職者には3年間の経過措置と都道府県ごとの分散申請があり、確認後も5年ごとの再確認が続きます。
午後、事務所のチャットに一件のメッセージが届いた。顧問先の園長先生からである。年度途中で保育士がひとり辞めることになり、来月から新しい人に来てもらう予定だという。
「来年のいまごろ、同じことが起きたら、照会の結果が出るまで、その人は働けないの?」。返信の下書きを途中で止めて、さくらはカレンダーを見上げた。
◇ ◇ ◇
新規採用 ── 原則は入職前、例外は「いとま特例」
さくら
次に多いのが時間の問題です。「新しく採用した人は、照会の結果が出るまで働けないの?」
江尾
原則は、内定を出してから実際に保育に入るまでの間に確認を終えることです。結果が出るまでの目安は、日本国籍の方で2週間から1か月程度、外国籍の方で1か月から2か月程度と見込まれています。
さくら
年度途中に急に辞める方が出たら、1か月も待てません。配置基準を割ってしまいます。
江尾
そこで用意されているのが「いとま特例」です。やむを得ない事情で事前の確認が間に合わないときに限って、確認が済む前でも業務に就けるという仕組みです。ただし条件が厳しい。その間は園児と1対1にさせないのが原則で、常に複数の職員で見守る体制が求められます。特例は確認義務の免除ではなく、順序の入れ替えにすぎません。
さくら
特例を使うと、今度はシフトを組むのが大変になりますね。
江尾
そうなのです。だから特例は「最後の手段」と考えて、採用のスケジュールそのものを前倒しする発想が大事になります。求人票や内定通知に照会手続があることを明記して、内定から入職までの期間を少し長めにとる。それだけでも、特例に頼る場面はかなり減らせます。
施行時の現職者 ── 3年間の経過措置と分散申請
さくら
では、いま勤めている職員さんは、12月25日までに全員照会しないといけないのでしょうか。
江尾
いいえ。施行時点の現職者は全国で約280万人と見込まれていて、一斉に申請したら国のシステムがパンクしてしまいます。そこで、施行から3年間、令和11年(2029年)12月24日までの経過措置が設けられています。都道府県ごとに申請する時期が割り当てられ、令和9年4月から令和11年6月までの27か月の間に順番に申請する「分散申請」になるのです。
図1 保育所・認定こども園から見た照会の時間軸
出典:こども家庭庁の公表資料をもとに作成。申請対象月の通知時期・周知時期は、所轄庁からの案内で必ずご確認ください。
STEP 1
令和8年12月25日
法の施行
新規採用・配置転換は、従事開始までに確認を終えることが原則となります。
STEP 2
令和9年4月〜令和11年6月
現職者の分散申請
都道府県ごとに割り当てられた月に、施行時の現職者を申請します。
STEP 3
令和11年12月24日
現職者の確認期限
施行時の現職者について、3年間の経過措置が終わります。
STEP 4
確認から5年ごと
定期的な再確認
5年を経過する日の属する年度の末日までに、再確認が必要です。
さくら
顧問先の園がいつ申請するかは、どうやって分かるのですか。
江尾
申請対象月のおよそ1年前に、所轄庁や専用システムを通じて割当時期が通知されると案内されています。園はそこから逆算して、申請月の数か月前には職員に手続を周知し、書類の準備をお願いしておく必要があります。
江尾
終わりではありません。確認の効力には期限があり、5年を経過する日の属する年度の末日までに再確認が必要になります。職員ごとに期限がずれていきますから、長く使える期限管理の台帳を、今のうちに整えておくことが欠かせません。
さくら
新規採用は入職前、現職者は割当月、その後は5年ごと。三つの時計を並行して管理するイメージですね。
江尾
うまい言い方です。その三つの時計を一つの台帳で見える化しておけば、園長先生の負担はずいぶん軽くなりますよ。
実務メモ 照会スケジュールで準備する四点
一つ、求人票、募集要項、内定通知書に、犯罪事実確認の手続があることを明記しているか。二つ、内定から入職までの期間に、確認に要する期間(日本国籍でおおむね2週間〜1か月、外国籍でおおむね1〜2か月)を見込んでいるか。三つ、いとま特例を使う場合に備え、1対1を避ける配置とシフトの組み方をあらかじめ決めているか。四つ、現職者の申請割当月と、確認後5年ごとの再確認期限を、職員ごとに管理する台帳を整えているか。
第3回のまとめ
第一に、新規採用者は、こどもと接する業務に従事させるまでに確認を終えることが原則です。急な欠員などでやむを得ない場合は、いとま特例により確認前の従事が認められますが、1対1を避ける等の措置が必要です。
第二に、施行時の現職者には令和11年12月24日までの経過措置があり、都道府県ごとに割り当てられた時期に分散して申請します。
第三に、確認は一度で終わらず、5年ごとの再確認が続きます。採用、現職者、再確認の三つの期限を一つの台帳で管理することが実務の要です。
第 4 回前科が判明したら、同意を拒まれたら ── 労務対応の核心
経営層がもっとも頭を悩ませるのが、前科が判明したときと、職員が手続を拒んだときの対応です。こどもの安全確保の義務と、労働契約法による雇用の保護が正面からぶつかる場面を、どう備えておくかを考えます。
その夜、事務所に残っていたのは江尾ひとりだった。机の上には、ある社会福祉法人の就業規則がある。園はひとつ、職員は二十数名。こどもと接しない仕事は、ほとんどない。
もし、この園で照会の結果が出たら。江尾は、解雇の条項と配置転換の条項を、何度も行き来して読み返していた。
◇ ◇ ◇
前科が判明したら ── すぐ解雇してよいのか
さくら
ここからが、社労士事務所としての本題ですね。理事長先生から「もし前科が出たら、すぐに解雇していいんだろう?」と聞かれました。
江尾
そこは、いちばん慎重にお答えしないといけないところです。照会の結果「特定性犯罪事実該当者」と分かったら、園にはその人をこどもと接する業務から外す法的義務が生じます。ここまでは明確です。けれども、それがそのまま解雇を正当化するわけではありません。
江尾
法が求めているのは「こどもと接する業務に就かせないこと」であって、解雇そのものではないのです。こども性暴力防止法が求めるこどもの安全確保と、労働契約法が守る労働者の雇用とが、正面からぶつかる場面です。性犯罪歴が確認されたことだけを理由にいきなり解雇すれば、解雇権の濫用と判断されるおそれがあります。まずは本部の事務や施設管理、清掃・用務など、こどもと接しない業務への配置転換を検討するのが順序になります。
小規模園の袋小路
さくら
でも、うちの顧問先には一園だけの社会福祉法人や小さな私立園も多いです。こどもと接しない仕事なんて、ほとんどありません。
江尾
まさにそこが最大の難所です。職種を保育士に限定して雇っている人を動かすポストがない。こどもに接触させてはならない法令上の義務と、解雇回避の努力を尽くせないまま解雇に踏み切らざるを得ない労働契約上の制約との板挟み。袋小路に入ってしまう危険があるのです。
江尾
予防の手は三つあります。一つ目は就業規則の整備です。犯罪事実確認の手続に応じる義務、特定性犯罪事実が判明したときの配置転換や解雇の事由、確認中の自宅待機とその間の賃金の扱い、経歴詐称の懲戒事由などを、あらかじめ明文化しておくこと。二つ目は、雇用契約書や労働条件通知書、内定通知書にも、照会手続の存在と内定取消事由を明示しておくこと。三つ目は、判明した場合の面談の進め方と、配置転換を検討した経過を記録に残す手順を、事前に決めておくことです。いざというときに慌てて判断すると、手続の不備で争いになりやすいからです。
同意を拒まれたら
さくら
もう一つよく聞かれるのが、職員さんが「プライバシーだから嫌です」と手続を拒んだ場合です。
江尾
照会には本人の協力と戸籍情報などの提出が欠かせませんから、拒まれると確認ができません。ここでも、同意を無理に迫ったり、拒否したことだけを理由にすぐ懲戒や解雇にしたりするのは避けるべきです。一方で、確認が済んでいない職員を保育業務に就かせ続けることも、法の求めに反してしまいます。
江尾
だから、丁寧なプロセスがすべてなのです。制度の目的を説明し、提出された情報がどう守られるかを伝えて、不安を取り除く。それでも難しければ、保育業務から外したうえで配置転換を打診し、話し合いを重ねる。そのやり取りを一回ずつ書面に残しておく。合意退職を含めた調整は、その積み重ねの先にあるものだと考えてください。拒否への対応をどこまで就業規則で定められるかは、施行ガイドラインやQ&Aの最新版とも照らし合わせて、園ごとに詰めていきましょう。
さくら
現場からの質問を、対応の方向性と一緒に並べてみました。
表2 現場からの代表的な質問と対応の方向性
出典:こども家庭庁の施行ガイドライン及びQ&A、保育現場から寄せられた質問をもとに整理。対応の方向性は社会保険労務士としての整理であり、個別事案の判断は事実関係により異なります。
| 論点 |
現場からの代表的な質問 |
対応の方向性 |
| 新規採用の遅れ |
急な欠員で、明日から働く人の照会が間に合わない |
いとま特例を活用。ただし1対1の禁止と複数配置が前提 |
| 現職者の照会 |
在籍者全員を施行日までに一括照会するのか |
3年間の経過措置。都道府県ごとの分散申請に従う |
| 前科判明時の処遇 |
前科が判明した職員はすぐ懲戒解雇できるか |
即時の解雇はリスクが大きい。まず非接触業務への配置転換を検討し、就業規則に沿って対応 |
| 同意拒否 |
プライバシーを理由に手続を拒まれたら |
強要や拒否のみを理由とする即時解雇は避ける。保育業務から外し、協議と記録を重ねる |
| 保護者からの開示要求 |
担任の前科の有無を教えてほしいと言われたら |
個別結果の開示は不可。園全体の安全確保体制を説明する |
| 保育の萎縮 |
おむつ交換やスキンシップが疑われないか |
必要なケアと不適切な行為を規程で明確化し、複数人体制で透明性を確保 |
※ スマートフォンでは表を横にスクロールしてご覧いただけます。
実務メモ 就業規則・契約書類で手当てする六点
一つ、対象業務従事者の範囲と、犯罪事実確認の手続に応じる義務。二つ、児童対象性暴力等と、それにつながり得る不適切な行為の禁止。三つ、試用期間中の解約事由と懲戒事由に、犯罪歴を含む重要な経歴の詐称を掲げること。四つ、確認中・確認後の配置転換と自宅待機の根拠、その間の賃金の扱い。五つ、こどもと接しない業務への配置転換が客観的に困難な場合の解雇事由。六つ、内定通知書への内定取消事由の明示。改定にあたっては、過半数代表者等からの意見聴取、周知、労働基準監督署への届出を忘れずに行います。
第4回のまとめ
第一に、特定性犯罪事実が確認された場合、法が求めるのは「こどもと接する業務に就かせないこと」であり、解雇ではありません。まず非接触業務への配置転換を検討し、その経過を記録に残すことが要になります。
第二に、こどもと接しない業務がない小規模園では、法令上の義務と解雇回避の要請とが板挟みになりやすく、就業規則や契約書類への事前の明文化が欠かせません。
第三に、職員が手続を拒んだ場合も、強要や拒否のみを理由とする即時の懲戒・解雇は避け、保育業務から外したうえで説明と協議を重ね、書面に記録していく丁寧な手順が求められます。
第 5 回守るべき情報と、守るべき保育
照会で得た情報は、要配慮個人情報として厳しい管理が求められます。一方で、抱っこやおむつ交換といった身体に触れるケアは、保育の中心です。第5回では、情報管理のルールと、保育を萎縮させないための線引き、相談を受けたときの初動を考えます。
週末、さくらは姪っ子の通うこども園の運動会に出かけた。園庭のすみで、若い男性の保育士が、転んで泣いている子を抱き上げてあやしていた。
その姿を見ながら、さくらは先週届いたメールを思い出していた。「抱っこやおむつ替えをしただけで、疑われるようになったら、どうしたらいいんでしょう」。送り主は、ちょうど彼と同じくらいの年の保育士だった。
◇ ◇ ◇
照会結果は、どこに、誰が、いつまで
さくら
照会の結果は、園ではどう保管すればよいのでしょう。いつもの人事ファイルに挟んでおけばよいですか。
江尾
それは避けなければなりません。前科の情報は、個人情報保護法でいう要配慮個人情報で、とりわけ厳しい管理が求められます。園には情報管理の責任者を置き、結果を見られるのは園長や理事長など最小限の幹部に限ります。手続や記録は国の専用システムのなかで扱うのが原則で、パソコンにエクセルで保存したり、紙に印刷してファイルしたりすることは、厳しく制限されています。
さくら
誰が見るのか、どこに残すのか、いつ消すのか。それを情報管理規程に書いておくのですね。
江尾
そのとおりです。この三つを決めないまま照会を始めることが、最大のリスクになります。既存の個人情報保護規程と矛盾しないように整えることも忘れないでください。
さくら
保護者の方から「担任の先生に前科がないって証明してください」と言われたら、どうお答えすればよいですか。
江尾
個別の結果を伝えることは、目的外利用や第三者への提供に当たり、法令違反になります。お答えできるのは、「当園は法律に基づいて必要な確認と安全確保の措置を行っています」という園全体の体制までです。保護者向けのお知らせに、あらかじめその趣旨を書いておくと、トラブルを防げます。
正当なケアと、不適切な関わりの線引き
さくら
もう一つ、保育士さんたちの不安も聞いています。とくに男性の保育士さんから、「おむつ替えや着替えを手伝うだけで疑われるんじゃないか」と。
江尾
ここは、私がいちばん大切にしたいところです。乳幼児の保育では、抱っこで愛着を育てること、おむつ交換、着替えの手伝い、お昼寝中の呼吸の確認と、体に触れるケアが仕事の中心にあります。正当なケアと不適切な関わりの線引きがあいまいなままだと、必要なケアまで控えてしまう萎縮が起きます。それは、こどもにとっても不幸なことです。
さくら
では、線引きを園のルールではっきりさせるのですね。
江尾
そうです。業務として必要なケアの内容と、不要な身体接触や私的なSNSでのやり取りといった不適切な行為を、規程で具体的に言葉にする。その範囲は、現場の保育士さんと話し合いながら決めることが大切です。そのうえで、ケアはできるだけ他の職員の目が届く場所で行う、複数人の体制で見守る、と仕組みで透明性を担保する。そうすれば、保育士さん自身を守ることにもつながるのです。
相談を受けたときの初動
さくら
もしこどもや保護者から「気になることがあった」と相談を受けたら、担任の先生がすぐに詳しく聞いたほうがよいですか。
江尾
いいえ、そこは注意が必要です。幼いこどもは、大人の誘導や問い詰めによって、事実と違う記憶が定着してしまうことが起きやすい。現場の判断だけで詳しく追及するのは避けたいところです。あらかじめ園内の対処規程で相談窓口と報告の流れを決めておき、外部の専門機関や心理職、弁護士とつながった中立的な事実確認の手順を用意しておくことが欠かせません。
さくら
様子見をせず、でも、問い詰めもしない。責任者とチームで動く、ということですね。
江尾
そのとおりです。疑いの段階から、権限のある責任者のもとで、複数の職員で対応する。それが、こどもを守り、職員を守る道です。
実務メモ 情報管理と保育実践で確認する五点
一つ、照会結果を閲覧できる者の範囲、保存の場所と期間、廃棄の方法と時期を情報管理規程に明記しているか。二つ、紙への印刷やローカル端末への保存を制限し、専用システム上で扱う運用になっているか。三つ、保護者からの開示要求に対する説明の仕方を、職員間で統一しているか。四つ、業務上必要なケアと不適切な行為の範囲を、現場の職員と話し合って規程に定め、保護者にも周知しているか。五つ、相談を受けたときの報告先、対応者、外部専門機関との連携手順を対処規程に定めているか。
第5回のまとめ
第一に、照会で得た情報は要配慮個人情報であり、閲覧者の限定、専用システム上での取り扱い、保存期間経過後の廃棄までを情報管理規程に落とし込む必要があります。保護者に個別の結果を開示することはできません。
第二に、抱っこやおむつ交換などの正当なケアを萎縮させないよう、不適切な行為の範囲を現場と話し合って具体的に定め、複数人体制などの仕組みで透明性を確保することが大切です。
第三に、相談を受けた際は、現場の独断で詳しく問い詰めず、責任者のもとで外部の専門機関とも連携した中立的な手順で対応します。
第 6 回制度を「監視」ではなく「安心」の仕組みに
最終回は、園だけの努力では解決しきれない構造的な課題と、施行までの3か月で顧問先に何をお願いするかを整理します。疑い合うのではなく、仕組みで守る。その考え方が、制度を長く続ける鍵になります。
十月に入った。朝晩の風に、ようやく秋の手ざわりが出てきた。中城城跡の石垣は、今日も変わらず湾を見下ろしている。
江尾は、顧問先に送る案内文の下書きを前にしていた。書きたいのは、手続の一覧ではない。この制度が、こどもを守り、同時に職員を守るためのものだということだった。
◇ ◇ ◇
二つの構造的な課題
さくら
ここまで伺って、園だけの努力では解決しきれない課題もあると感じました。
江尾
そうですね。大きく二つあります。一つ目は、性暴力の防止と、あたたかい保育との両立です。職員同士が疑い合うような空気になれば、職場の心理的安全性が損なわれ、離職が増えてしまいます。だから、個人の意識に頼るのではなく、保育室に窓をつける、死角をつくらないレイアウトにする、複数担任で見守る、といった「環境の設計」で、密室を構造的になくしていくことが大切なのです。
さくら
人を疑うのではなく、仕組みで守る。職員さんにとっても安心ですね。
江尾
二つ目は、先ほど話した小規模園の袋小路です。こどもと接しない仕事がない園に、大きな法人と同じ水準の解雇回避努力を一律に求めるのは、酷な面があります。他業種への再就職支援の枠組みや、就業規則のモデル条文の提示など、行政の後押しが欠かせません。こうした支援の動きは、私たちも注視していかなければなりません。
施行までの3か月でお願いすること
さくら
では、顧問先の園には、今から何をお願いすればよいでしょうか。
江尾
施行まで3か月を切った今、段階を追って進めていただきたいことがあります。まず、対象となる職員の洗い出し。次に、GビズIDの取得と専用システムの利用準備。そして、対処規程と情報管理規程の策定、就業規則と雇用契約書の見直しです。派遣会社や外部講師との契約の確認も、忘れずに。
江尾
それが一番大事かもしれません。「あなたを疑っているからではない。こどもを守り、同時にあなた自身を守るための制度です」と、趣旨を丁寧に伝えること。個人の尊厳を大切にしながら、こどもの安全を第一に考える。その合意を園のなかでつくれるかどうかが、制度を長く続けられるかどうかの分かれ目になるのです。
さくら
法令を守ることと、職員さんが安心して働けることを両立させる。私たちの仕事そのものですね。
江尾
そのとおりです。便利な書式を届けるだけでなく、園長先生と一緒に考えながら進めていきましょう。石垣も、一つひとつの石を確かめながら積むから、長くもつのですよ。
実務メモ 施行までに園が進める五つの準備
一つ、派遣・委託・実習生・ボランティアを含めた対象業務従事者の洗い出し。二つ、GビズIDの取得と、こども家庭庁の専用システム(こまもろうシステム)の利用準備。三つ、報告・対応ルールを含む対処規程と、情報管理規程の策定。四つ、就業規則、雇用契約書、内定通知書、派遣・委託契約の見直し。五つ、職員、保護者、こどもへの制度の趣旨と園の取組の周知。
第6回のまとめ
第一に、性暴力の防止とあたたかい保育を両立させるには、職員個人の意識に頼るのではなく、死角をなくす施設環境や複数担任制といった仕組みで密室を構造的に排除することが有効です。
第二に、こどもと接しない業務を持たない小規模園の課題は、園だけでは解決しきれず、行政による支援策の動向にも注意を払う必要があります。
第三に、施行に向けては、対象者の洗い出し、システム利用の準備、規程と契約書類の整備を段階的に進めるとともに、「こどもを守り、職員自身も守る制度である」という趣旨を職員に丁寧に伝え、園のなかで合意を形成することが、持続可能な運営の基盤になります。
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こども性暴力防止法の施行に向けた就業規則と採用実務
このシリーズで取り上げた論点を、施行まで残り2か月半となる時期に、事業者として最低限整えておくべきことに絞って、就業規則と採用実務を中心に解説します。
日時
2026年10月13日(火)13:15〜14:15
対象
顧問先の皆さま、メルマガ読者の皆さま(保育所・認定こども園・児童福祉施設・学校等の設置者、学習塾・スポーツクラブ・放課後児童クラブ等で認定を検討されている事業者の方に特にお勧めいたします)
お申込方法
10月9日(金)までに、顧問先の皆さまは「マイ顧問」の電子会議室に参加者のお名前をご記入(書き込み)ください。メルマガ読者の皆さまは、下記の申し込みフォームからお申し込みください。Zoom URLは前日までにメールでお送りします。
内容
法の背景と3つの柱/対象事業者・対象業務の判定/犯罪事実確認の流れと期限/就業規則の改定と採用実務の見直し/前科判明時の配置転換・解雇の考え方/情報管理規程の整備
個別のご相談はお問い合わせフォームで承っております。江尻までお気軽にご相談ください。