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「その代表者、全員を代表していますか?」

──複数拠点・無期転換社員・派遣労働者をめぐる過半数代表者の盲点──


今回取り上げる労務問題

トラブル1:「本社で協定しているから、ここではやっていません」──複数拠点を持つ会社で事業場ごとの選出を怠り、全拠点の36協定が無効になったケース

トラブル2:「正社員だけで選べばいいですよね?」──無期転換社員・パートタイム社員を分母から外して選出し、過半数に達していなかったケース

トラブル3:「構内に常駐している派遣スタッフも入れて選出しました」──派遣労働者を誤って分母に含めたことで、過半数の計算が狂ったケース


はじめに

あっぱれ商事の人事部に、江尾社労士が訪ねてきた。前2回の訪問で、選出手続きの適法性、記録の保全、既存協定の棚卸しについて学んできた画猫さんは、今日も別の問いを用意していた。


画猫さん:先生、前回の話を受けて、選出のやり方は整理できてきました。ただ、一つ気になっていることがあります。「誰を選ぶか」の話はわかってきたのですが、そもそも「誰の中から選ぶか」、つまり分母の数え方について、自信がないのです。うちは拠点が複数ありますし、最近は無期転換した社員も増えていますし、ほかに構内常駐の派遣スタッフもいます。


江尾社労士:そこは実務でよく混乱が起きる部分です。今日は「誰の中から選ぶか」という分母の問題を、3つのケースで整理しましょう。


本号は、シリーズ横断特別号の第3号として、過半数代表者の「分母」をめぐる実務上の盲点を扱う。本則編・パートタイム社員編・嘱託社員編のいずれをお読みいただいている方にも共通する内容である。前2号では「選び方」「記録・機能・棚卸し」を扱った。本号ではその土台にあたる「誰の中から選ぶか」という問いに答える。


「誰の中から選ぶか」という問いは、一見すると単純に見える。しかし実務では、複数拠点・雇用形態の多様化・派遣や出向の混在という3つの要素が重なることで、分母の計算が予想以上に複雑になる。間違った分母で選ばれた代表者は、たとえ選出手続き自体が適法であっても、「過半数を代表する者」にはなれない。過半数に達していなければ、その代表者が締結した協定は無効となるリスクを抱える。3つのトラブルで、その現実を確認していく。


登場人物

江尾(えび)社労士:ベテランの社会保険労務士。20年以上のキャリアを持ち、じっくりと、しかし的確に急所を突く。

画猫(がねこ)さん:株式会社あっぱれ商事の人事担当、3年目。前2回の訪問で選出手続きの基本を学んだが、今日は「誰の中から選ぶか」という別の問いを持ち込んだ。


トラブル1:「本社で協定しているから、ここではやっていません」──複数拠点を持つ会社で事業場ごとの選出を怠り、全拠点の36協定が無効になったケース

あっぱれ商事の取引先である食品卸売業の沖田食品では、本社のほかに那覇市内と浦添市に2つの営業所を持っていた。本社の従業員は30名ほどで、各営業所にはそれぞれ8名から10名ほどが在籍していた。本社では毎年適法に過半数代表者を選出し、36協定を締結して労働基準監督署に届け出ていた。しかし、2つの営業所については「本社で協定を結んでいるから、それで全社分をカバーできる」という認識で、各営業所での選出手続きは一度も行っていなかった。この認識のまま数年が経過していた。


あるとき、労働基準監督署が各営業所を対象に調査に入った。担当者が「36協定は本社で締結しています」と説明したところ、調査官は「この営業所で締結した協定はありますか」と問い返した。各営業所に固有の協定が存在しないことが確認され、各営業所における時間外労働は法的根拠のないものとして判断された。


過半数代表者の選出は、「事業場」を単位として行うものである。労働基準法における「事業場」とは、場所的な概念であり、本社・支店・営業所・工場など、それぞれが独立した事業場として扱われる。同一の会社であっても、本社の過半数代表者が他の事業場の代表を兼ねることはできない。それぞれの事業場において、その事業場の労働者の過半数を代表する者を個別に選出しなければならない。


画猫さん:本社で結んだ協定が、支店や営業所には適用されないということですね。


江尾社労士:そうです。会社単位ではなく、事業場単位が原則です。事業場とは何かというと、主として場所的な観念によって決まります。同じ場所にある部門はまとめて一事業場、場所が異なれば原則として別の事業場です。これは行政解釈においても確立した考え方です。


画猫さん:あっぱれ商事も、大阪の営業所と沖縄本社は別の事業場として扱う必要があるということですね。


江尾社労士:そのとおりです。大阪営業所には、大阪営業所の労働者の中から代表者を選出し、大阪営業所としての36協定を締結・届出する必要があります。規模が小さい事業場であっても例外はありません。


画猫さん:小さい営業所にも、毎年選出手続きが必要ということですね。なかなか大変です。


江尾社労士:現実問題として、少人数の事業場でなり手を探すのは確かに難しい場合があります。ただ、選出できないことを理由に手続きを省くことはできません。前号でお話しした、なり手を育てる工夫や任期制の活用は、こうした拠点でこそ意味を持ちます。


沖田食品では、各営業所での選出手続きを省いていたことにより、それらの事業場における36協定がすべて未締結と同義の状態になっていた。改めて各営業所で選出手続きを行い、協定を締結し直すことになったが、過去の時間外労働については法定の割増賃金の遡及払いの問題が残った。複数の事業場を持つ会社にとって、拠点ごとの手続き管理が協定全体の有効性を左右するという現実は、経営上の重大な盲点になりやすい。


この事案が示すもう一つの問題は、本社の人事担当者が各拠点の手続き状況を把握していなかったという点である。36協定は事業場ごとに労働基準監督署に届け出るものであるため、拠点の数だけ届出が存在するはずである。本社の人事部が「どの拠点の36協定が届け出済みか」を一覧で把握できていれば、この見落としは防げた可能性が高い。複数拠点を持つ会社では、協定の届出状況を本社で一元管理する仕組みを整えることが、実務上の予防策として有効である。


画猫さん:あっぱれ商事の場合、大阪営業所の36協定の届出があるかどうか、今すぐ確認しなければなりません。


江尾社労士:ぜひ確認してください。労働基準監督署に届け出た36協定の写しは必ず手元に保管されているはずです。拠点ごとにファイルを作り、届出日・有効期間・代表者名・選出記録の4点をセットで管理する習慣をつけることをお勧めします。


トラブル2:「正社員だけで選べばいいですよね?」──無期転換社員・パートタイム社員を分母から外して選出し、過半数に達していなかったケース

あっぱれ商事の仕入れ先である縫製メーカーの橘縫製では、近年、無期転換ルール(労働契約法第18条)によって無期契約に転換した社員が増えていた。もともとパートタイム社員として長年働いてきた人たちで、転換後も処遇や就業場所は変わらず、別の就業規則が適用されていた。


36協定の更新の際、担当者は「今年も正社員から代表者を選んで、協定書にサインをもらおう」と考えた。この会社では創業以来ずっとそのやり方で行ってきており、誰も疑問を持っていなかった。無期転換社員が増え始めたのは3年前からで、転換後も「パートの延長」として扱われており、人事管理上の区分は以前と変わっていなかった。正社員は25名で、そのうち管理監督者を除く22名が投票に参加し、代表者を選出した。担当者は「正社員の過半数が選んだから問題ない」と判断し、協定を締結した。


問題が発覚したのは、退職した無期転換社員が「自分たちは一度も代表者選出に参加したことがない」と申告したことがきっかけだった。労働基準監督署が調査に入り、選出の経緯を確認したところ、無期転換社員とパートタイム社員が分母から除外されていた事実が明らかになった。


しかし、この事業場には無期転換社員が12名、パートタイム社員が18名在籍していた。管理監督者を含む全労働者数は55名で、管理監督者を除いた選出対象者は48名であった。正社員22名の投票で選ばれた代表者は、選出対象48名の過半数である25名以上の支持を得ていない。選出手続きは形式上は行われていたが、分母の範囲が誤っていたため、実質的に過半数代表者としての要件を満たしていなかった。


過半数代表者を選出するにあたっての「労働者」の範囲は、雇用形態を問わず、その事業場で働く直接雇用のすべての労働者が対象となる。正社員だけでなく、パートタイム社員・アルバイト・契約社員・嘱託社員・無期転換後の社員も含まれる。管理監督者は分母には含まれるが、過半数代表者にはなれない。育児休業中や休職中の社員も在籍している以上、分母に含まれる。


画猫さん:正社員だけで選べばよいという誤解は、なぜ起きるのでしょうか。


江尾社労士:就業規則が正社員用・パートタイム社員用・嘱託社員用と分かれていることが多く、それぞれに対して別の手続きが必要なのだと思い込んでしまうのです。しかし、過半数代表者は就業規則の種類ごとではなく、事業場単位で選出するものです。たとえ正社員の就業規則の変更であっても、意見を聴取する代表者はその事業場のすべての労働者の過半数を代表する者でなければなりません。


画猫さん:無期転換後の社員も含まれるということ、自信を持って言えませんでした。


江尾社労士:無期転換によって期間の定めがなくなっても、その方の雇用形態や適用される就業規則が変わらないケースがほとんどです。しかし、過半数代表者の選出における分母への算入は、雇用契約の期間の有無ではなく、直接雇用関係があるかどうかで判断します。転換前も転換後も、直接雇用の労働者として分母に入ります。


橘縫製では、選出のやり直しを余儀なくされた。改めて全員を対象にした選出を行ったところ、パートタイム社員からも立候補者が出て、最終的に無期転換社員が代表者に選ばれた。これまで正社員だけで選出していたことに対して、パートタイム社員からは「なぜ私たちは参加できなかったのですか」という声が上がり、職場の信頼関係の修復に時間を要した。分母を誤ることは、手続きの適法性だけでなく、職場のエンゲージメントにも影響を及ぼすのである。


なお、分母の計算において実務上よく問われるのが管理監督者の扱いである。管理監督者は過半数代表者になれないが、分母からは除かない。全体の人数に含めた上で、その過半数以上の支持を得ることが必要である。たとえば全労働者が40名で管理監督者が5名の場合、「過半数」の基準は全体40名の過半数すなわち21名以上の支持ということになる。管理監督者は代表者に就任できないという制約はあるが、選出の手続きへの参加を法律上禁じる規定はなく、分母にも含まれることを正確に理解しておく必要がある。


画猫さん:管理監督者を分母から外してしまう誤りも、現場では起きていそうです。


江尾社労士:よくある誤りです。管理監督者は分母には含まれます。就任はできませんが、選出手続きへの参加を法律上禁ずる規定はありません。過半数かどうかの判定は全員を基準にする、というのが原則です。選出の告知の際に、管理監督者には『代表者に就任することはできないが、分母には含まれる』という点を正確に伝えておくと、担当者の誤解を防ぐことができます。


トラブル3:「構内に常駐している派遣スタッフも入れて選出しました」──派遣労働者を誤って分母に含めたことで、過半数の計算が狂ったケース

あっぱれ商事の関連会社である物流会社の南風物流では、倉庫内の作業のほとんどを派遣労働者に依存していた。常時15名程度の派遣スタッフが構内に常駐しており、直接雇用の社員と並んで作業を行っていた。


36協定の更新時期に、担当者の山本さんは「全員を対象に選出しなければならない」と考えた。前年に外部の研修で「パートタイム社員も含めた全労働者で選ぶ必要がある」と学んでいたことが記憶にあり、「それなら派遣スタッフも含めるべきだ」と判断したのである。派遣スタッフも含めた全員に対して投票案内を送った。直接雇用の社員が20名、派遣スタッフが15名の合計35名が分母と計算され、代表者を選出した。山本さんは「全員で選んだから民主的だ」と満足していた。


この誤りは、「パートタイム社員など雇用形態を問わず全員」という正しい知識が、「派遣も含む全員」という誤った理解に転化してしまった典型例である。正しい知識を持っていても、その適用範囲を誤ると結論が逆になる。過半数代表者の選出における「全員」とは、その事業場の使用者と直接雇用関係にある全員を指す。派遣労働者は含まれない。


しかしこの選出は、過半数代表者の要件を正確には満たしていなかった。派遣労働者は、派遣先の会社と直接の雇用契約を結んでいない。派遣スタッフの使用者は派遣元の会社であり、派遣先である南風物流との間に雇用関係はない。したがって、南風物流の過半数代表者の選出における分母は、直接雇用の社員20名のみである。


分母を35名として計算した結果、18名の支持を得た代表者が選ばれていた。正しい分母は20名であり、必要な支持数は11名以上である。この場合は偶然にも過半数を満たしていたが、分母の設定が誤っていたこと自体が問題であり、仮に代表者の得票数が10名以下であれば、協定は無効となっていた可能性がある。


画猫さん:派遣スタッフを含めた方が民主的に見えるのに、なぜ含めてはいけないのでしょうか。


江尾社労士:過半数代表者は、その事業場の使用者との間で労使協定を締結する当事者です。つまり、労働契約関係がある者の中から選ばれる必要があります。派遣スタッフは派遣元が使用者ですから、派遣先の36協定の当事者にはなれません。派遣スタッフの労働時間管理については派遣先にも一定の責任がありますが、それは36協定の当事者関係とは別の話です。


画猫さん:では派遣スタッフの方は、自分たちに適用される36協定を、どこで結んでもらうのですか。


江尾社労士:派遣元の事業場で締結される36協定です。派遣元の事業場の過半数代表者が、派遣元の使用者と締結します。派遣スタッフは派遣元の分母には含まれます。


画猫さん:整理すると、派遣スタッフは派遣元の分母に入る、派遣先の分母には入らない、ということですね。


江尾社労士:そのとおりです。一方で、出向者の扱いは異なります。他社から出向を受け入れた労働者は、実質的な指揮命令権と労働時間管理の責任が出向先にある場合、出向先の分母に含まれると解されています。派遣と出向は、雇用契約の所在が異なるため、過半数代表者の選出においても扱いが分かれる点に注意が必要です。


南風物流では、派遣スタッフを除いた直接雇用社員のみで選出をやり直した。担当者は「せっかく全員に案内を送ったのに、派遣の方には参加しないでほしいとお伝えするのが申し訳なかった」と述べたが、この手続きは適法な選出のために必要な区分である。派遣スタッフに対しては、自らの働き方に関わる36協定は派遣元において別途締結されていることを丁寧に説明し、理解を求めた。


この事案は、「全員を参加させる方が公平だ」という直感と、「直接雇用関係のある者だけが当事者となれる」という法の原則が、実務の現場でぶつかる典型例である。法的に正しい手続きが、現場の感覚とは逆に見えることがある。そういう場面でこそ、担当者が原則の根拠を理解していることが重要になる。根拠を知っていれば、派遣スタッフへの説明も自信を持って行うことができる。


画猫さん:派遣スタッフの方は、自分たちが選出に参加できない理由を知れば、むしろ納得してくれることもありそうです。


江尾社労士:そうです。「法的には派遣元の36協定が皆さんを守っています」と伝えることができれば、除外することへの誤解も解けます。制度の仕組みを丁寧に説明することが、職場の信頼につながります。


おわりに

3つのトラブルを貫く共通の問題は、「誰の中から選ぶか」という分母の設定を誤ることが、手続き全体を無効にしかねないという点である。選出方法がいかに民主的であっても、分母が間違っていれば、その選出によって生まれた代表者は「過半数を代表する者」ではない。


「事業場単位」「直接雇用の全労働者」「派遣は分母に含まない」──この3点は、労働基準法の原則として確立しており、例外は少ない。人事担当者にとって見落としやすいのは、会社単位と事業場単位の混同、雇用形態による分母の絞り込み、そして派遣と出向の混同という3つの盲点である。


画猫さん:今日の話をまとめると、分母は「直接雇用の全員」で、単位は「事業場ごと」、派遣は除く、ということですね。


江尾社労士:シリーズを通じて、選出の「やり方」から始まり、記録・機能・棚卸し、そして分母という順番で整理してきました。過半数代表者制度は、労使協定の土台です。その土台を正確に理解しておくことが、会社の人事労務管理全体の安定につながります。


画猫さんは手帳に3つの原則を書き留めた。次の協定更新が来る前に、あっぱれ商事の大阪営業所の手続きを確認する必要があることに、今更ながら気づいていた。


本シリーズ横断特別号の3号を通じて、過半数代表者制度を「選出の適法性」「記録と機能の維持」「分母の正確な設定」という3つの軸で整理してきた。これらはいずれも独立した問題ではなく、連続している。分母が正確でも選出手続きが違法であれば無効となり、選出が適法でも記録がなければ立証できず、記録があっても代表者が機能していなければ協定の実質が失われる。3つの軸が揃ってこそ、過半数代表者制度は労使関係の信頼ある基盤となる。


人事担当者にとって、これらの点検は一度やれば終わりではない。毎年の協定更新のたびに、拠点ごとの状況を確認し、分母を正確に計算し、選出記録を残し、代表者が実質的に機能できる環境を整える。その積み重ねが、法令対応と職場への信頼の両方を支えることになる。


参照条文一覧

条文

内容

主な関連トラブル

労働基準法第36条

時間外・休日労働に関する協定(36協定)

トラブル1・2・3

労働基準法第41条第2号

管理監督者の定義(分母には含まれるが代表者にはなれない)

トラブル2

労働基準法第89条

就業規則の作成・届出義務

トラブル2

労働基準法第90条

就業規則作成・変更時の意見聴取義務

トラブル2

労働基準法施行規則第6条の2

過半数代表者の選出要件

トラブル1・2・3

労働契約法第18条

無期転換ルール

トラブル2


社会保険労務士 江尻育弘