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対話でわかる 同一労働同一賃金 第1話:通勤手当

舞台:株式会社あっぱれ商事(沖縄) | 江尾(えび)社労士〈緑〉/画猫(がねこ)さん〈橙〉

七月のはじめ、沖縄はひと足早く梅雨を明け、朝から強い日差しが那覇の街を白く照らしている。街路のホウオウボクは、燃えるような朱色の花を広げ、クマゼミの声が絶え間なく降りそそぐ。株式会社あっぱれ商事の人事部総務課にも、その暑さとともに、ひとつの相談が持ち込まれていた。顧問の江尾社労士が、額の汗をぬぐいながら総務課の扉を開けたのは、ちょうどそのときであった。

本シリーズは、あっぱれ商事の総務課に持ち込まれる手当の悩みを通じて、正社員とパート・契約社員との待遇差の考え方を、三つの手当ごとに確認していくものです。第1話は通勤手当。三つのなかで最も判断がはっきりしている手当から始めましょう。

本シリーズで取り上げる三つの手当

▶ 1話 通勤手当 ── 実費補償という考え方

  第2話 家族手当(扶養手当) ── 継続勤務の見込みが分かれ目

  第3話 住宅手当 ── 転勤の有無が分かれ目

 

そもそも通勤手当とは、どのような手当なのか

画猫さん|先生、お暑いなか、ありがとうございます。実は、パートのAさんの通勤手当のことで、判断に迷っているのです。当社では正社員に定期代を全額支給していますが、Aさんのようなパートの方には、一律で少なめの定額としています。これは、問題になるのでしょうか。

江尾社労士|結論から申し上げると、見直しをおすすめしたい設計です。まず、通勤手当の性質を確認しましょう。通勤手当は、通勤にかかる交通費を補填する手当です。つまり、労働の対価そのものではなく、実費補償の性格が強いのです。

画猫さん|実費補償、なのですね。

江尾社労士|そのとおりです。ここが大切で、通勤にかかる費用は、正社員かパートかで変わるものではありません。同じ場所から同じ職場に通えば、運賃は雇用区分と関係なく同じになります。

画猫さん|言われてみれば、確かにそうですね。正社員だから交通費が高くなるわけではありません。

法律・判例は、どう定めているのか

江尾社労士|待遇の差を考えるときは、三つの層を分けて見るのが基本になります。会社のルールである就業規則、一人ひとりの個別の労働契約、そして法律です。通勤手当の場合、まず法律とガイドラインが何を求めているのかを押さえ、そのうえで、就業規則の書き方を整えていきます。

画猫さん|就業規則、労働契約、法律の三層で見る、ということですね。

江尾社労士|そのとおりです。そして通勤手当は、三つの手当のなかで唯一、同一労働同一賃金ガイドライン(平成30年厚労告示第430号)に明示があります。「短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者と同一の通勤手当を支給しなければならない」と、はっきり書かれているのです。

画猫さん|ガイドラインに、名指しで載っているのですね。

江尾社労士|さらに、最高裁のハマキョウレックス事件(最二小判平成3061日)でも、契約社員に通勤手当を支給しない、あるいは低額とする取扱いは「不合理」と判断されました。ガイドラインの明示があり、最高裁判例もある。確信度でいえば「確実」の領域になります。

 

通勤手当のポイント(確信度:確実)

・ガイドラインに「同一の通勤手当を支給しなければならない」と明示。

・ハマキョウレックス事件最高裁も、契約社員への不支給・低額を不合理と判断。

では、差を一切つけてはいけないのか

画猫さん|それでは、Aさんのように勤務日数が少ない方にも、正社員と同じ額を支給しなければならないのでしょうか。Aさんは、週2日から4日の勤務です。

江尾社労士|その点は、ご安心ください。勤務実態に応じた差であれば、つけても構いません。ガイドライン上、所定労働日数に応じた支給は許容されています。

画猫さん|と言いますと。

江尾社労士|たとえば、出勤日数に往復の実費を掛けて精算する方式です。あるいは、日数に応じて按分した定期代です。週2日のAさんと週5日の正社員とで、実際にかかる交通費が違うのは当然ですから、その差は合理的に説明できます。

画猫さん|なるほど。日数が少ないから実費も少ない、というのは、説明がつく差ということですね。

江尾社労士|そのとおりです。問題になるのは、「パートだから上限円」というように、雇用区分そのものを理由に減額する場合です。これは実費補償という趣旨から外れていますので、不合理と判断されるリスクが高いのです。

あっぱれ商事の状態を診断する

△ 条件付き:設計・説明の点検が必要です

パート・契約社員にも一部支給しているが、金額が少ない、あるいは一部の方だけ、という状態。

一部支給は「基準の立て方」次第です。雇用区分を理由にした差になっていないか、合理的基準へ整理することをおすすめします。

 

画猫さん|当社は、まさにAさんのように一部の方だけ、金額も少なめ、という状態です。問題があるのでしょうか。

江尾社労士|ただちに不合理と決まるわけではなく、基準の立て方次第です。もし「勤務日数が少ないから実費相当額」という基準であれば、問題になりにくいといえます。ただし「パートだから一律低額」という基準であれば、リスクが高いのです。まずは、いまの支給額が何を根拠に決まっているのかを、棚卸しするところからです。

どのように見直せばよいのか

江尾社労士|設計の方向性は、三つあります。

一つ目は、全員について「通勤実費(合理的な経路の運賃)を支給する」と規定し、要件を統一することです。雇用区分で分けない書き方にします。

二つ目は、所定労働日数が少ない方には「出勤日数×往復運賃」の実費精算方式にすることです。日数按分は、ガイドライン上も許容されています。

三つ目は、上限額を設ける場合も、全雇用区分で同一の上限にすることです。正社員は上限なし、パートだけ上限あり、という設計は避けます。

画猫さん|要件を「雇用区分」ではなく「実費」や「日数」で書く、という点が共通していますね。

江尾社労士|まさに、そこが肝要です。就業規則・賃金規程を見直すときは、支給要件を「雇用区分」ではなく、手当の趣旨に対応した客観的な要件(所定労働日数、合理的経路の運賃など)で書きます。これが原則になります。

避けたいパターン

避けるべき設計(リスクのある差異)

・雇用区分のみを理由とする不支給・減額・上限差。

・正社員は定期代全額、パートは一律低額の定額という、説明のつかない二本立て。

最後に押さえておきたい実務ポイント

江尾社労士|二点だけ、通勤手当に限らず、すべての手当に共通する話をしておきます。一つは、パート有期法8条の判断のしかたです。@職務の内容、A職務の内容・配置の変更の範囲、Bその他の事情を、個々の手当ごとに、その性質・目的に照らして判断します。賃金の総額で比較するのではない、という点が重要になります。

画猫さん|「トータルで見れば正社員もパートも同じくらい」では通らない、ということですね。

江尾社労士|そのとおりです。手当を一つずつ見られます。もう一つは、説明責任です。待遇差を維持する場合は、パート・契約社員から説明を求められたときに答えられるよう、説明書面(パート有期法142項対応)を準備しておきましょう。

画猫さん|本日で、だいぶ整理できました。通勤手当は「実費補償」、これがすべての出発点になりますね。

江尾社労士|そのとおりです。次回は「家族手当」を取り上げます。こちらは通勤手当より、少し判断が複雑になります。

参考:根拠法令・判例

・同一労働同一賃金ガイドライン(平成30年厚生労働省告示第430号)

・ハマキョウレックス事件・最二小判平成3061日(皆勤手当・通勤手当・給食手当・無事故手当・作業手当の相違は不合理、住宅手当は不合理でないと判断)

・パート有期法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条〔不合理な待遇の禁止〕・第142項〔説明義務〕

同一労働同一賃金への対応や、就業規則・賃金規程の見直しでお困りの際は、江尻まで気軽にご相談ください。

確信度の表示

確実=ガイドライン明示・最高裁判例あり/蓋然性高=下級審裁判例・通達・判例の射程からの評価/推論=手当の性質からの類推。

【ご利用上の注意】本資料は一般的な法解釈に基づく参考情報であり、法的助言ではありません。不合理性の判断は、個別の事情(職務の内容、配置変更の範囲、労使交渉の経緯その他の事情)により結論が変わり得ます。制度改定の際は、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。

社会保険労務士 江尻育弘